実はあまりモテていなかった20代の痛い思い出最近でこそ、わりと一人の女性と出歩くことが多くなった私だが、実のところ女性の知り合いは多いほうだと思う。しかし、20代の頃の私は、決してモテない、とは言わないが、地味なほうだったと思う。彼女というか定期的にデートをする相手が常にいるわけでもなかったのだ。それが変わったのは、ある友人の一言だった。友人といってもそれは男性ではなく、女性である。私の大学時代の悪友の彼女、だった。仮に彼女の名前をM穂と呼んでおこう。彼女となぜ二人きりで飲んでいたのかは忘れた。私が28歳、彼女は26歳くらいだったと思う。そのときM穂は言った。楠くんって、見た目悪くないけどそんなモテないでしょ?、と。いや、そんなことないよ、と私は虚勢を張った。だが、確かにその頃は2年付き合った女性と別れた(しかも彼女のほうから去っていった)ばかりだったので、M穂の言葉は意外なほどに胸を突いたのだった。一人に執着せず、広範囲に攻めるのがモテるコツ?M穂は、黙ったまま私を見た。オーライ、と私はすぐはすぐギブアップした。「そうなんだ。最近振られたばかりだし、なんか最近出会いも少ないし」楠くん、最近つきあいよくないってT夫が言ってたよ、とM穂は言った。「もっと出歩かなきゃ出会いはないわよ」彼女は言った。「魚を釣りたければ海か川に行かなきゃ。かっこつけて待っていたって、魚は陸にあがってこないんだから、女子だって楠くんのそばまではなかなか来てくれないよ」M穂はこう続けた。「楠くんは、別に誰かいま好きな人いないんでしょ?」うん、と私は言った。「いないけど、誰かと恋はしたいよ」じゃあなおさら、と彼女は言った。「女の子と出会いたいならパーティーにいかなきゃ」「パーティー?」「別にほんとのパーティーという意味じゃないの。男女が、特に女の子がたくさん来るところに行かなきゃ出会いはないってことよ。合コンだっていいのよ」とM穂は笑った。誰か特定の人を口説くのはとても難しい。M穂は言った。「この人しかいない、この人だけとつきあいたい、と思っても、それってとても難しいわよね。だったらむしろ芸能人とかモデルとつきあいたい、と願うほうがまだ可能性はあるわ」「どうして?」だって、とM穂は言った。「芸能人だったりモデルでありさえすればいいなら、そういう人たちが集まるところに行けば出会えることは出会えるでしょ?あとは振られてもいいからたくさんトライすれば、いつかは願いが可能かもしれないわ」でも、と彼女は続けた。「例えば私とつきあいたい!と楠くんが思ったとしても、私には彼がいるわけだし、なかなか難しいでしょ。奪おうとしたり、待とうとするより、すぐ見切りをつけて他を当たる方が、恋人を作るだけなら効率的でしょう?」つまり、一人に執着すると、その恋がうまくいかないときにダメージが大きいし、心に余裕もなくなってますますうまくいかない。ある程度自分が許容できる嗜好の範囲で探しながら、可能性がある子から絞り込んでいく。それがモテる男(女)のやりかただとM穂はいうのである。口説けよ、青少年、とM穂はおどけて言った。「たくさん出会ってたくさん口説く。結局モテるかどうかはそこにかかっているわよ」お礼は一晩の秘密でそうかもしれない。と、私は思った。考えてみれば、私はその当時から結婚願望はなかった。女の子は好きだから、好みの女性と楽しく恋をしたいだけだった。逆に結婚願望がある人間でも、特定の誰かとの結婚だけを願うよりも、綺麗な女の子と、あるいは金持ちの男と結婚したい、だからそういう異性がいる場所にいって探すほうが確率が高い、というものだ。ありがとう、と私は言った。「なんか目が覚めたよ」そう、それは久しぶりに得た良い教訓だった。それ以降の私は、現在に至るまで、二人で遊びに出る異性に不足したことがないからだ。いいことを教えてくれた、と私は頭を下げた。「なんかお礼をしなきゃ」だったら、とM穂はいたずらっぽく笑った。「今夜は私を口説いてみて」