Good byeとは、「さようなら」という意味だが、そもそもの意味は神がそばにいますように、という意味だ。日本語のさようならとは、左様なら、つまり「もうご用はないですか、左様ですか、なら帰ります」という意味であり、英語のように別れていく相手の無事を祈るような意味はない。
もちろん、今となっては日本語でも英語でも大した変わりはなく、単に今日の別れを惜しむ言葉であり、明日の互いの無事と楽しい再会を祈る意味である。
僕は長いこと仕事をしてきて、深くかかわり合ったのに、環境が変わってもしかしたら二度と会えないかもしれない関係を幾度も経験してきた。心がちぎれるような思いをして別れていっても、やがて互いに忘れていく。そして、同時に数年を経て、再び邂逅の機会を得ることができる人もいる。
マレーシアで数年を過ごしたのはもう十数年前だが、そのときに友人たちと、去年今年と再会した。そういうこともある。
国籍や人種や年月を超えて、また楽しく熱い思いを共有できることもある。だから今日、明日、昨日、また別れを経験したとしても、悲しむことも焦ることもない。再び想いは交錯する。時間とは、単に一直線に流れていくものでもなく、螺旋のように絡み合う、縁がある人とは必ずまた交差するのだから。
僕たちにできることは一つ。大切な人たちや環境を守り、その約束を忘れないこと。距離や時間とは関係なく、思いを強く、その手に握り続けていくことだとおもう。