【リコール】BMW K1600GT など、エンジン操作スイッチに不具合...始動できないおそれresponse.jp
ヤマハ決算、二輪車・マリン事業など好調で増収増益...2015年1-3月期response.jp
1918年製のトライアンフを普通に乗りこなす英国老人Noel Whittall(ノエル・ウィッタル)さんとトライアンフ。www.wsj.com米国の超一流メディアのウォールストリート・ジャーナルが伝えたところによると、100年近く前に製造された古〜いトライアンフを、いまだに時速60キロ以上のスピードで乗り続けているおじいさまがいるそうです。英国紳士の佇まいのこのかた、ノエル・ウィッタルさん。愛車は1918年製のトライアンフ(Model H, as told to A.J. Baime)。www.wsj.comこのトライアンフで、ノエルさんは時速90キロを出せるそうですが、快適に走るには、60キロくらいで”流す”のが一番なんだそうです。ノエルさんも、トライアンフも元気で永く走り続けてもらいたいですね。生涯現役だ!World War I Era Motorcycle Remains a TriumphNoel Whittall’s 1918 Triumph Model H remains an engineering marvel. It has survived for nearly a century, and it can still move at 40 mph.www.wsj.com
2015年のMotoGP、ほんとエキサイティングな展開ですね。見所はロッシがチャンピオンを奪還できるか?マルケスが巻き返すか?はてさて?チーム全体でみればドゥカティが選手権を制すか?ヤマハがこのまま独走するか?ホンダが追い込むか?みたいな感じでしょうか。日本が誇る世界ブランド ブリジストンのモーターサイクルレーシングマネージャーの山田宏さんが、前回のスペインGPと去年のフランスGPの結果や、今年の決勝時(5/17)の天気予測を鑑みた、レース模様の見所を解説してくださっています。ぜひ、週末までにご一読することをオススメします!このコースでは、過去のドライレースのデータを見るとヤマハとの相性が良いとも言えました。2008年にはヤマハが表彰台独占、2010年にはロレンソ-ロッシ選手の1-2フィニッシュを飾っていますが、昨年はマルケス選手が勝っているし、2011年にはホンダが1-2(ストーナー、ドビツィオーゾ)とほぼ互角と言えるでしょうか?ロッシ選手はドゥカティ時代も、ここルマンでは2度の表彰台に立ち、彼の得意なコースとも言えるでしょう。ドゥカティのドビツィオーゾ選手も昨年はフロントローを獲得しています。今年のドゥカティのNewマシンGP15のポテンシャルからすると、上位に来ることは間違いないでしょう。また今週はペドロサ選手が復帰する予定です。彼のキレのある走りが復活して欲しいものです。ms.bridgestone.co.jp2015年 MotoGPTM Rd.5 フランスGP ここが見所 | ブリヂストンモータースポーツMotoGPやSUPER GTなどの最新レースリザルトや、モータースポーツコラム、モータースポーツ用タイヤの情報など、ブリヂストンのモータースポーツに関する情報をお届けしています。ms.bridgestone.co.jpフランスGPが行われるルマン・サーキットms.bridgestone.co.jp
新型DCTも搭載! 新型アフリカツインが欧州で発売に!パリダカの二輪車部門を3連覇した「NXR750」からのフィードバックを 色濃く受け、開発されたアフリカツイン。 国内では1988年に登場し、2000年モデルまで販売されていました。 そのアフリカツインのブランドを受け継ぐ新型モデル 「CRF1000L Africa Twin」が、欧州で年内に発売される模様です。 道を選ばず優れた走行性能を発揮するという デュアルパーパスモデルだけに、 国内導入にも期待が膨らむ1台です! HONDA CRF1000L Africa Twinwww.autoby.jp
彼女は身長168センチ。細身のカラダに似つかわしくない大きな胸と張り出した腰、まるでコカコーラの瓶のような曲線を持っていた。おまけにすらりとした脚はカラダの半分くらいの長さだから、もはや何も言うことがない。ただ、彼女は自分のカラダに関する褒め言葉を口にする男に対して、苛立ちと軽い軽蔑を隠さずに「女の価値を3つの数値で考えるような人はごめんだわ」「原始人なの?」と冷たく言うのが常だった。進路はCAに彼女は高校時代をハワイで過ごし、大学はカリフォルニアのカレッジに進んだ。当然英語も堪能だったし、才女であると言っていい。顔立ちは、その冷たい表情とセリフとは裏腹に、あどけなく可愛らしい。だから多くの男たちが彼女に求愛したし、もちろんその中にはデートにこぎつけたり、実際に交際にまで発展した者もいたのだが、あまり長続きすることはないようだった。www.oscarpro.co.jp彼女が付き合う男といえば、比較的育ちがよく、金回りがよい男が多かったように見えたが、彼女自身は、「顔でもお金でもない」とにべもなく言うのだった。そういうときの彼女は、決まっていい終わった後に軽く左上を向く。その仕草がまた印象的だった。その彼女が選んだ就職先は、外資系の航空会社だった。英語力を生かしてCAになる。それが彼女の最初のキャリアプランであり、苦もなく実現をした。努力の賜物としての美ある意味、優れた容姿も役に立ったのは間違いがなく、それを指摘すると「役立つものはなんでも使わないとね」と彼女は笑って答えた。「あのね」と彼女は突然真剣な顔をして、こちらをまっすぐ見て言った。「他人に評価されることを嫌うことと、自分で正しく評価することは別物なのよ。男性に自分の容姿をあれこれ言われるのは好きではないのは、私がどれだけ努力して、自分を保っているかを説明するのが嫌だからなのよ」彼女に言わせると、彼女は中学2年生から、一度もスイーツなるものを食べたことがないという。甘いものは果物のみ。炭水化物も午後三時以降は絶対に採らない。「ラーメンなんて食べたことがないのよ」と彼女は言う。「脚が太くならないように、正座もしないし、あぐらもかかない。床に座ることもしない」「朝のジョギングも欠かしたことがないし、お酒も夜10時以降は飲まない。よい睡眠の邪魔になるから」外見についての賛辞を嫌う女性が、ここまで自分の容姿を保つための努力をしていたというのは、意外なようだし、ある意味さもありなんという気がした。「カメ男って知ってる??」と彼女は言った。カメ男?いや、知らない。「何年か前に、イタリアでテレビに出て有名になった人なんだけど、まるでカメの甲羅みたいな腹筋をしているので評判になったのよ。その秘訣を訊かれて、アルコール、炭水化物を一切採らないこと、と答えたのね。イタリアでよ。ワインも飲まず、ピザもパスタも食べずに何が人生か、イタリア人としての楽しみがないじゃないか!ってみんながびっくりしたの」と彼女は笑う。「それでそのカメ男はなんて答えたと思う??」彼女は笑った。「パスタやピザ以外にも美味しいものはあるし、ワイン以外に飲み物はある。それに、イタリア人としてというより、イタリア男としては、この腹のおかげでイタリア美女とは十分楽しめているよ、て(笑)」彼女にとっては、自分の容姿はカメ男の腹筋みたいなものだ、と言う。目的のために自分を律して投資をする。それだけのことだと。自分にはそこまでできないな、と言うと、彼女はまた少し冷たい顔をしてこう言うのだ。「目的がないってことじゃない?原始人なの?」(追記)ちなみに、そもそも、鍛えられた腹筋のことをイタリア語で「tartaruga (タルタルーガ:亀)というそうだ。
シンディ・クロフォード(Cindy Crawford、本名:シンシア・アン・クロフォード(Cynthia Ann Crawford)、1966年2月20日 - )img3.douban.com誰もが憧れたスーパーモデル90年代に一つの絶頂を迎えたスーパーモデルブーム。いまではヴィクトリア・シークレットのエンジェルがそれにあたるかもしれないが、ケイト・モスやクラウディア・シーファー、ナオミ・キャンベルらの活躍は、社会現象的なビッグトレンドだった。その中でも、私が最も憧れたのがこのシンディ・クロフォード だ。見てのとおり、かなりのボリューム感があり、セクシーさでは、他のモデルたちを圧倒していたと思う。もちろん、好みはひとそれぞれだが、彼女のような女性をオープンカーに乗せて、海岸を走りたいといったベタな妄想をした男たちは少なからずいたはずだ。シンディ・クロフォード(Cindy Crawford、本名:シンシア・アン・クロフォード(Cynthia Ann Crawford)、1966年2月20日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州出身のファッションモデル、女優である。カリフォルニア州ビバリーヒルズにあるウィリアム・モリス・エージェンシー所属。左唇上にあるホクロがチャームポイントとしても有名。ja.wikipedia.orgwww.themotart-journal.comshowstudio.comグラマラスでゴージャスでありながら知的cindy-crawford.imagesandwallpapers.com1991年に俳優のリチャード・ギアと結婚して大きな話題を呼んだり(1995年に離婚)、テレビキャスターを務めたり、映画界にも積極的に進出したりなど、非常にアグレシッブな印象が強い。自分の容貌にのみ頼らず、さまざまな活動を意欲的にやっているが、同時にその容貌の維持には人一倍の努力をしている。40代後半になっても(もちろん加齢による衰えはあるにしても)その美しさをキープし、自ら化粧品などの商品プロデュースもしている。現在のシンディ。白血病患者の支援活動などにも積極的という。www.cindy.com
私が高校生だった1980年代は、プロモーションビデオが流行し始めた時代でした。「ベストヒットUSA」「ポッパーズMTV」「ミュートマ(ミュージックトマト)」などなど・・・本場のMTVのような番組が、日本でも深夜番組で多数放送されていたことをご記憶のご同輩も多いのでは?ノルウェーの男性3人組バンド「a-ha」は、そんなMTV時代に活躍したアーティストの一組でしょう。私の印象では、「Take on me」だけの一発屋(失礼)なのですが、じつは2010年まで活躍していた息の長いバンドだったのですね・・・。全編にモーターサイクルをフィーチャー! イエー!そんなa-haの1988年の作品、「Stay On These Roads」のプロモーションビデオでは、英国を代表するモーターサイクルメーカーのひとつ、BSAの車両が効果的に使われています。当時の私は、特にa-haのファンだったワケではありませんが、画面のなかで躍動的に走るBSAたちの姿が強く印象に残ったことを覚えています(四半世紀以上前の記憶にもかかわらず)。海岸線を走る3台のBSA・・・。カモメちゃんたちと戯れちゃったりして・・・。お、これはLITA製5ガロンアルミタンクを装着したRGSかな?ボーカルのモートン・ハルケット。甘いマスクで当時女子たちはメロメロでした。//www.youtube.com/embed/nWey1DBAchM?rel=0a-ha - Stay On These Roads (Video)youtu.be当時はまだ、日本でも「ロッカーズ」ブームとか本格的になかったので、このビデオを見たときは非常に新鮮なクールさを感じた次第です。また、いわゆる暴走族的とかヘルスエンジェルスのハーレーみたいな、チープな「オラオラ」系ではないモーターサイクルの映像表現というのも目新しく感じたものでした。ぜひご鑑賞ください。
ホンダ、大排気量アドベンチャー「CRF1000Lアフリカン・ツイン」を欧州市場へresponse.jp
来場台数はなんと994台! SRミーティング2015 in 山中湖近年では山中湖会場が恒例となって 毎回、驚くほどの来場者を集めるというSRミーティング。 その話題のイベントにお邪魔してきました! イベント当日の5月10日は天候にも恵まれ、来場台数はなんと994台!! 盛り上がったイベントの模様をお送りします。www.autoby.jp
これさえあれば、きみも人気者だ!!!!!www.kickstarter.comふつうのケースと同じようにスマホにセットすれば、あらふしぎ。撮った写真がすぐプリントできちゃう!チェキの再来ですねー!現在は予約受付中で、発売は今秋(2015年11月頃)を予定しているそう。データとしてばんばん保存できるのも便利だけれど、やっぱり印刷された写真ってすてき。ほしい!!!Prynt | Turn your smartphone into an instant cameraJust plug in your phone, snap a picture and get a printed photo instantly! Prynt is the first instant camera for iPhone and Android and doesn't need ink, wifi or bluetooth. Print instantly, anytime, anywhere! Now accepting pre-orders.www.pryntcases.com
www.mtv.comバイクは昔から、ロックミュージックと切ってもきれない関係にあるのを、否定する人はあまりいないのではないかと思う。ある時ふと、バイクに似合うミュージシャンって誰だろうなぁ〜、と考えていて私の中にまず浮かんだのがこの方たち。「Stray Cats」です。オッさん世代には説明不要、聞いたことがないという若い世代にも、このドライブ感のあるサウンドは気に入ってもらえると思う。www.cdandlp.com1980年にニューヨークで結成されたStray Catsは、自国のアメリカではなくロンドンに渡り、またたく間に人気バンドとなる。同年12月に発売された、デビューシングル「ラナウェイ・ボーイズ」は、いきなり全英チャート9位のヒットを記録。その立役者となったのが、早くからStray Catsを見いだしていた、英国パブロックの大御所デイヴ・エドモンズである。Stray Catsのサウンドはこの後、ネオロカビリーと呼ばれパンクロックとともに、当時の若者たちに支持されてゆくこととなる。私がStray Catsを知ったのは20歳を少し過ぎた頃なので、彼らがすでに解散した後ということになる。セカンドアルバムであるこの「BONNA BALL」(邦題:ごーいんDOWN TOWN)のジャケットを初めて見て、すっかりまいってしまったのである。奇抜なリーゼントにタトゥー、そしてハーレーダビッドソンのチョッパー。これはよくみると古いナックルヘッドだったような記憶がある。私はリーゼントにしたことは一度もないし、いわゆるローラーに傾倒したこともない、いたってまじめな青少年時代を送ったのだが(笑)彼らにカッコよさは無条件降伏に近いインパクトがあった。https://www.youtube.com/embed/SwUpXK37OGs?rel=0● Stray Cats - Rock This Town (Live 1983)名曲は数々あるけれども、代表曲のひとつである「Rock This Town」を選んでみた。1983年のライブ映像だから、彼らが最初に解散する直前といえるけど、この時のブライアン・セッツァーのセクシーさは神レベルだ。私は20歳半ばから40歳過ぎまで、クラブDJのまねごとをやっていたが、音楽の知識に関してはほぼ素人と変わらない。けど、バイクに似合うロックが好きだと言う気持ちは、多く方と分かち合えるのではないかと思う。「あ〜、わかるわかる」ってレベルでおつき合いいただけたら幸いだ。